第6回 コーチングとOJT
以下は、財団法人関西生産性本部の機関誌「KPCニュース」2010年3・4月月号での連載記事をウェブで公開しています。
人事諸制度入門講座 ~人事考課、評価育成面接、目標設定と動機づけ、日常のOJT~
1.概要
これまでの講座で人事考課の評価、育成の視点、コンピテンシー、そして目標設定面接について理解を深めてきた。さて最終回となる今回の講座では、先の目標面接で合意された職務を遂行する際に必要なOJTとコーチングについて学習していく。一連の流れや連動を確認するため、今回も本年度の講座の全体像を図1に記すので参照して欲しい。
- 第1回:人事考課入門
- 第2回:人事考課ミニテスト
- 第3回:評価育成面接
- 第4回:コンピテンシーと育成
- 第5回:目標設定
- 第6回:OJTとコーチング
2.目標による管理とOJT・コーチングは連動させる
最初に留意しなければならないのは、組織目標である。組織の方向性や期待されている役割に沿った業務やサービス提供をし続けることが、その組織の永続性を保障する。個人のキャリアデザインも同等に重要ではあるが、組織の存続なしにキャリアデザインは成り立たない。また組織目標を効率的に実現するために、課やチームが編成されているので、チーム目標も連動して留意しなければならない。このチーム目標を達成することを日常レベルで意識することが、成果主義を成功 に導く秘訣となる。チームでの目標達成のために相互に支援・教育し合う「場」を作ることが管理職に課せられた業務である。
しかし部下の能力レベルに即した業務配分は、現実的には不可能である。それより高い期待や計画が課せられることが多い。また人事異動もある。ここにOJTや コーチングのニーズをみることができる。これらのことを踏まえて、部下のOJT・コーチングは、第3回の連載で取り上げた「部下の育成点」と第5回の 「チャレンジを促す」で部下と話し合ったポイントを、具体的な業務の中で計画して、能力開発・コンピテンシー開発へと連動させる。こうして準備されたものを計画OJTと呼ぶ。部下には達成責任が、上司には、部下と一緒に目標を達成する支援責任が発生する。部下の目標未達成は、管理職の支援不足と評価される。適切に部下支援を計画されたい。また、日常業務の観察や目標変更により実施するのが臨時OJTである。また能力開発の効率化のためには、OFF-JT の活用も検討する。
1)計画OJTのポイント
計画OJTとは、目標による管理で管理職と部下が合意した支援を意味する。目標面接では支援内容やレベルだけでなく、時期や手段、回数も明記しておかなければならない。(図2参照)部下育成は、どのような業界でも管理職全員に課せられている重要な仕事である。当然のことであるが、部下育成は部下の代わりに仕事をするのではない。部下が次回、 自分ひとりで業務遂行できるように、現在部下が保有している能力と、不足している能力を確かめながら、一緒に業務を進めていくことである。内容は十人十色である。全くの初心者ならば、「箸の上げ下ろし」から一つずつ教える。ある程度できる部下ならば、最初に部下の意見を聞き、その意見に間違いがあれば指摘し、更に考えさせる。そして目標に到達したり、能力開発が進んだりしたときは、褒め、認めることが大切である。これらは時間も手間も掛かるが、先達の役割として全うして欲しい。
2) 臨時OJTのポイント
現場の部下の言動の観察などから、OJTを実施することも必要である。このとき管理職は、単に行動の指示をしてはならない。部下に欠けていた能力や、コンピテンシーは何かを把握してから、対応しなければならない。部下の言動や自律的な行動が不足するのは、根拠の理解、事例の理解、手順の理解のいずれかが欠けていることが多い。根拠の理解とは、理由や理論を知らないので判断が停止してしまう。事例の理解とは、事例や例示が不足しているので、上司の説明に実感できなかったり、過去の担当業務と根拠の理解が結びつかず、同じような業務でも自信が持てなかったりする。手順の理解とは、方法や動作などである。手順がわからない代表はパソコンであろう。たとえば、集計表の「行」と「列」を入れ替える方法を知らないと、業務はそこで止まってしまう。仲間から、「行」と「列」 は簡単に入れ替えられると聞いていていても、その手順・やり方がわからないと、自分ひとりではできない。臨時OJTでも部下は、どこまで、何がわかっているかを把握し、不足しているところを確認し、一緒に目標達成行動をとらなければならない。これは単に代わりに仕事を実行することではない。臨時OJTは、部下の仕事の優先順位づけの間違いを感じたときにも実施する。
3) 最も重要な仕事は何かを部下と意識を共有する
日常の細かな仕事に目を奪われてしまい、本来やるべき仕事ができなくなってしまわないように計画を立てなければならない。そもそも上司と部下で本来やるべき仕事は何か、共有していないことも多い。是非、現在抱えている仕事の数と項目、そしてその優先順位を書き出して話し合って欲しい。管理職はこのような部下の仕事の整理と優先順位に気を配らなければならない。優先順位の共有をせず、細かな仕事のアドバイスだけをしていると部分最適に留まり、全体最適が実現できなくなって しまう。このイメージを図3-1と3-2に示す。特に図3-2の左右で最も重要な仕事の数がいくつ入っているか、隙間というムダはどちらが多いかを確認して欲しい。細かな仕事から手をつけるのではなく、全部の仕事を確認して、計画・行動するほうが効率的であることがわかるだろう。
3. OJT・コーチングの概要
コーチング(Coaching)と いう言葉を定義する。コーチングというと、スポーツのコーチを連想する人が多いだろう。ビジネスでのコーチングのルーツもそこにある。そもそもコーチとは、馬車やバスを意味していた。バスは乗客を目的地まで運ぶことが目的である。部下指導もゴールへ導くことが目的である。必ず狙いを定めたり、計画を立てたりして欲しい。コーチングという学問は存在しない。その多くは、カウンセリング心理学や組織心理学等に依存する。これらを総称して組織行動論 (Organizational Behavior)というが日本国内で学習できる大学は、残念ながらまだ少数である。以下に、「部下指導の種類」とコミュニケーションや信頼関係の源泉となるカウンセリング心理学の「5つの傾聴技法」について概要を説明する。
1) 部下指導の種類
以下に、部下を指導する11の方法の概要を示す。必要に応じて使い分けたり、複合・連続させたりする。
- 情報提供法:情報をタイミングよく、与える方法。たとえば、全ての情報を上司が与えるのではなく、最初は部下に考えさせる。その報告を受けて上司が必要な情報を提供する。
- 助言法:アドバイスや提案をする。たとえば、部下の相談に回答する。仕事ぶりを観察して、コメントする。
- スーパービジョン:いわゆる箸の上げ下ろしを指導する。たとえば、PCの集計表の作業を隣で見せて、部下にやらせる。あるいは隣で逐一行動等を指示する。
- ケースワーク:具体的にアクションを起こして手伝う。たとえば、顧客訪問を最初の1、2回は上司が同行する。
- 指示法:有無を言わせずに命令する。行動を指示する。たとえば、部下に委譲していた判断を一時的に、上司に戻す。
- 強化法:褒めて相手を育てる。たとえば、うまくできた点、できて当然のことでも褒める。
- シェーピング法:最終的な目標行動を設定して、この目標に向けて段階的に行動を近づけていく方法。たとえば、手順を追って一つひとつ褒める。認める。
- フィードバック法:部下が気づいていない言動を気づかせる。たとえば、良い行動と悪い行動の両方を指摘する。
- 自己開示法:上司が、自分のことをチームメンバーに語る。たとえば失敗談など。ただし自慢話ではない。
- モデリング法:お手本を示す。たとえば、「してみせて、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」の「してみせて」がこれに該当する。
- 説得法:上司が自分の考えを部下に説明し、部下に理解させる方法。たとえば、「なぜそのようにすべきか」という理由を話す。
各種方法を示したが、部下育成を考えた場合、いきなり指示をするより、部下の話を傾聴し、それに即した対応をすることが最も好ましい。この考え方をGet&Giveの原則という。
2)5つの傾聴技法
OJT・コーチングを効果的に実施するには、部下との信頼関係が重要である。信頼関係の構築には部下の話を聞く傾聴技法をマスターする必要がある。この5 つの傾聴技法はアメリカの臨床心理学者のカール ロジャース(Carl Rogers)により提唱された。以下にその概要を示す。
第1は、受容である。受容とは、部下の話をさえぎらず、部下の気持ちを理解するように聴くことである。たとえば、部下が自分の業務分担に不満を言ってきたときに、管理職は、すぐに反論や説得をせず、部下の話の根拠と一緒に、気持ちも聴くようにする。すると、部下は不満をきちんと聴いてもらえる安心感とともに、管理職への信頼感が強まる。逆に、受容ができないと、何を言ってもムダな人と部下が思い、うわべだけの交流になる。したがって、信頼関係を築けないので、OJT・コーチングも空回りしてしまう。
第2は、繰り返しである。繰り返しと は、部下の話をそのままオウム返しをしたり、部下の感じている気持ちを管理職が言葉にして、繰り返したりすることである。たとえば、ある業務の進め方について、部長からはAという方法で進めろと言いわれ、係長からは、Bだろうと言われている場合に、「つまり、あなたは板ばさみになって困っているんだね」と 部下の気持ちを繰り返すとよい。すると、部下は自分の状況を理解してもらえたと、気持ちが軽くなるだけでなく、管理職への親近感も増える。逆に、繰り返しができないと、部下にツベコベ言わずにヤレと発破をかけるだけになる。したがって、部下は誰も私のことをわかってくれないと、組織の中でも孤独を感じてし まう。
第3は、明確化である。明確化とは、部下が言い難いことを先取りして管理職が言葉にしたり、遠まわしに言っていることを明確にしたりすることである。たとえば、部下が、「Xさんの担当案件は楽そうでよいですね。」と言ってきた場合、「自分の担当で何か困ったことでもあるの?」と、部下の遠まわしな発言を先取りするとよい。すると、部下は些細なことでも相談がしやすくなるので、管理職をより信頼するようになる。逆に、明確化ができないと、問題の兆しをつかみ損ねてしまう。したがって、小さな問題で済むものが、大きな問題に発展してしまうかもしれない。
第4は、支持である。支持とは、部下の 行動や感情に管理職が、そのとおりだと思ったときに、私もそう思うと部下に伝えることである。たとえば、業務に関連する資格を自発的に取得する計画を話してきた場合、全力で褒めることである。その資格と将来のキヤリアの結び付きや有効性を具体的な根拠を示して、正しい行動であることを支持するとよい。仮に その資格が有用でない場合は、勉強しようという意欲だけでも褒めて欲しい。すると、部下は資格取得により一層の努力をするだけでなく、仕事に対してより積 極的に進めるようになる。逆に、指示されなかったり、そんな資格は意味が無いと単に否定されたりすると、仕事への意欲も低下してしまう。したがって、部下の将来の芽をつんでしまう。
第5は、質問である。質問とは、部下の話をより深く理解するために、必要な情報を引き出すことである。たとえば、部下が遅刻した場合でも、いきなりカミナリを落としたり、「なぜ遅刻したんだ」 と咎めるような訊き方をしたりしない。なぜ(WHY)を何(WHAT)に置き換えて、部下が話しやすいように聴く。つまり「遅刻したのは、何か事情があったのか?」というように質問して欲しい。すると、部下は冷静に事情を説明できる。お互いが冷静であるときに、「遅刻する前に、きちんと連絡してくれないとこちらも困る旨」など部下の言動を注意すれば、不要な感情の対立を生じさせない。逆に、正しく質問ができないと、部下は防御的な回答に終始したり、逆切れしたりするかもしれない。したがって、行動改善がなされないだけでなく、人間関係にしこりを残すだけになってしまうかもしれない。 最後に、自分が以前に、上司からの言動でやる気になったことを思い出し、それを今後、自分の部下育成に活かして欲しい。また自分が以前に、上司の言動でやる気を失ったことを思い出して、それを反面教師にして欲しい。
まとめ
一連の流れで理解する「人事諸制度入門講座」は今回で最終回となる。人事制度は範囲が非常に広く、また奥深い。なるべく短文で、事例をあげて実感いただけるように記述したつもりではあるが、全て書き表すことはできなかった。しかし管理職登用直後や、人事の仕事に初めて就いた方には、必要十分な情報は伝達できたと思う。貴職の参考となれば幸いである。昨年度のロジカルスキル講座に引き続き2年間続けてきた連載も本号で終了となる。最後に、読者をはじめ、関係各位へ感謝の意を示して筆をおきたい。